落葉松
一
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。
二
からまつの林を出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。
三
からまつの林の奥も
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風のかよふ道なり。
四
からまつの林の道は、
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
五
からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり、
からまつとささやきにけり。
六
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうへに。
七
からまつの林の雨は
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。
八
世の中よ、あはれなりけり。
常なけどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
作者と作品について
- 作者
北原 白秋(きたはら はくしゅう)
1885年(明治18年)~1942年(昭和17年)
福岡県出身
- 作品
「落葉松」は、詩集『水墨集』に収められています。
北原白秋の初期の作品は、西洋風で色鮮やかな描写が目立ちますが、年齢を重ねるにつれて、しだいに表現に深みを増していきました。
詩集『水墨集』は、東洋風の寂れた水墨画のような味わいがあります。
(この詩集を刊行した頃、白秋は38歳。この年齢で老成しているなんて、さすがですね)
大正10年(1921年)4月、白秋は3人目の妻である佐藤菊子と結婚しています。
同年8月に信州・軽井沢に滞在した際に、落葉松の林を散策した時に着想を得て、「落葉松」の詩は生まれました。
この詩では、「からまつ」という言葉が反復されていますね。
落葉松の長い長い林の中を、読む人もいっしょになって歩いているような気持ちになれます。
詩中の「かんこ鳥」は、カッコウのこと。
閑古鳥(かんこどり)も郭公(かっこう)も、夏の季語に当たります。
「閑古鳥が鳴く」と、ひっそりと静まり返っていることについて、今でもそう言いますね。
それにしても、「さびしかりけり」という言葉が繰り返されているにも関わらず、どうしてこの詩には暗く重たい印象がないのでしょう?「わび」や「さび」だけではくて、「かるみ」さえ感じます。
まるで神羅万象と、寂しさという一点で心が通じ合っているようです。
世の中よ、あはれなりけり。
常なけどうれしかりけり。
最後の八番の一節です。
「世の中は、なんと趣きが深いのだろう。無常だけど嬉しいことだなあ」という意味です。
この詩の主題は、まさにここにあります。
なお「落葉松」の詩は、中学校の教科書に採用されていて、合唱曲にもなっています。
「どこかで見たことがある」「聴いたことがある」という人が多いかもしれませんね。