人に
遊びぢやない
暇つぶしぢやない
あなたが私に会ひに来る
――画もかかず、本も読まず、仕事もせず――
そして二日でも、三日でも
笑ひ、戯れ、飛びはね、又抱き
さんざ時間をちぢめ
数日を一瞬に果す
ああ、けれども
それは遊びぢやない
暇つぶしぢやない
充ちあふれた我等の余儀ない命である
生である
力である
浪費に過ぎ過多に走るものの様に見える
八月の自然の豊富さを
あの山の奥に花さき朽ちる草草や
声を発する日の光や
無限に動く雲のむれや
ありあまる
雨や水や
緑や赤や青や黄や
世界にふき出る勢力を
無駄づかひと
あなたは私に躍り
私はあなたにうたひ
刻刻の生を一ぱいに歩むのだ
本を
本を開く刹那の私と
私の量は
空疎な精励と
空疎な遊惰とを
私に関して聯想してはいけない
愛する心のはちきれた時
あなたは私に会ひに来る
すべてを棄て、すべてをのり超え
すべてをふみにじり
又嬉嬉として
作者と作品について
- 作者
高村 光太郎(たかむら こうたろう)
1883年(明治16年)~1956年(昭和31年)
東京都生まれ
- 作品
「人に」は、詩集『智恵子抄』に収められています。
この詩が書かれた翌年、大正三年に、二人は結婚しています。(ちなみに、事実婚です)
まさに新婚直前の、嬉嬉とした感激が伝わってくる詩ですね。
『智恵子抄』のなかでも、特に好きな詩のひとつです。