のちのおもひに
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
作者と作品について
- 作者
立原 道造(たちはら みちぞう)
1914年(大正3年)~1939年(昭和14年)
東京生まれ
- 作品
「のちのおもひに」は、詩集『萱草に寄す』に収められています。
(「わすれぐさによす」と読みます)
同詩集の冒頭に、「はじめてのものに」というソネットがあり、「のちのおもひに」は、対となるソネットなのでしょう。
この詩を冬のカテゴリーに入れるのは、若干の躊躇いがありますが、4連目の”真冬”という言葉が、あまりにも印象的なので、そうさせてください。
このフレーズに、はっとさせられるんですよね。
”夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう”
どのようにも解釈できるかもしれませんが、どこか生の果て、つまり死を連想させます。
今まで見て来たもの、語りつづけたものが、4連目のこのフレーズでがらりと転調し、死後の世界から生をふり返っているような感じになります。