高村光太郎 「あどけない話」(詩集『智恵子抄』より)

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山あたたらやまの山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

作者と作品について

  • 作者

高村 光太郎(たかむら こうたろう)
1883年(明治16年)~1956年(昭和31年)
東京都生まれ

    • 作品

    「あどけない話」は、詩集『智恵子抄』に収められています。
    智恵子さんは、光太郎の妻で、福島県の出身です。
    二人は東京で暮らしていましたが、都会の空気は智恵子さんに合わず、一年のうち三四箇月は郷里に戻っていたといいます。
    智恵子さんがどれほど自然を希求していたか、光太郎は次の文章でこう書いています。

    私自身は東京に生れて東京に育つてゐるため彼女の痛切な訴を身を以て感ずる事が出来ず、彼女もいつかは此の都会の自然に馴染なじむ事だらうと思つてゐたが、彼女の斯かる新鮮な透明な自然への要求は遂に身を終るまで変らなかつた。

    (「智恵子の半生」より)

    最愛の人と一緒であったとしても、空が無い場所で暮らし続けるのは、どんなに息苦しいことだったか。
    「あどけない話」であっても、智恵子さんのどこまでも純粋な希求心が感じられてなりません。

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