雪ふり蟲
いちはやく
こどもはみつけた
とんでゐる雪ふり蟲を
而も私はまだ
一つのことを考へてゐる
初冬の詩
そろそろ都會がうつくしくなる
そして人間の目が險しくなる
初冬
いまにお前の手は熱く
まるで火のやうになるのだ
路上所見
大道なかをあばれてくる風
それに向つて張上げる子どもの聲
風はその聲をうばひさつたよ
けれど子どもはもうその風の鋭い爪もなにもわすれて
むかふの方を歩行いてゐる
大風の詩
けふもけふとて
大風は朝からふいた
大風はわたしをふいた
その大風と一しよに
わたしはひねもす
畑で大根をぬいてゐた
風の方向がかはつた
どこからともなく
とんできた一はのつばめ
燕は街の十字路を
直角にひらりと曲つた
するといままでふいてゐた
北風はぴつたりやんで
そしてこんどはそよそよと
どこかでゆれてゐる海草の匂ひがかすかに一めんに
街街家家をひたした
ああ風の方向がすつかりかはつた
併しそれは風の方向ばかりではない
妻よ
ながい冬ぢうあれてゐた
おまへのその手がやはらかく
しつとりと
薄色をさしてくるさへ
わたしにはどんなによろこばしいことか
それをおもつてすら
わたしはどんなに子どもになるか
作者と作品について
- 作者
山村 暮鳥(やまむら ぼちょう)
1884年(明治17年)~1924年(大正13年)
群馬県生まれ
- 作品
「雪ふり蟲」「初冬の詩」「路上所見」「大風の詩」「風の方向がかはつた」は、いずれも詩集『風は草木にささやいた』に収められている作品です。
冬のからっ風が強い上州で生まれた暮鳥。
この詩集にも、突風のすさまじさが目に浮かぶような詩が多いです。
そんななか、冬の終わりを感じさせる「風の方向がかはつた」のような詩を読むと、ほっとします。