一つのメルヘン


秋の夜は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで硅石(けいせき)か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでゐてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……



作者と作品について


  • 作者
中原 中也(なかはら ちゅうや)
1907年(明治40年)~1937年(昭和12年)
山口県生まれ

  • 作品
「一つのメルヘン」は、詩集『在りし日の歌』に収められています。

私は国語の授業で、初めてこの詩を知りました。
此の世のものとは思えない、
まさに彼岸のことを歌っているような詩だと思います。

死を意味するような小石ばかりの河原に、一つの蝶がとまることによって、川は再生するんですね。
川床の水は、まさに生の象徴でしょうか。
でもこの蝶は、川の再生を見守ることなく、見えなくなってしまいます。

かなしくて、さみしくて、うつくしい詩。
さらさらというオノマトペが、絶え間なく流れているのも、歌が流れているようです。

さて、みなさんはこの詩、どのような感想を持たれましたでしょうか。

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