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立原道造 「燕の歌」「うたふやうにゆつくりと‥‥」(詩集『優しき歌Ⅰ』より)

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燕の歌

     春来にけらし春よ春
       まだ白雪の積れども
              ――草枕

灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる
とほい村よ
あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き
山羊やぎが啼いて 一日一日 過ぎてゐた

やさしい朝でいつぱいであつた――
お聞き 春の空の山なみに
お前の知らない雲が焼けてゐる 明るく そして消えながら
とほい村よ

僕はちつともかはらずに待つてゐる
あの頃も 今日も あの向うに
かうして僕とおなじやうに人はきつと待つてゐると

やがてお前の知らない夏の日がまた帰つて
僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ
あのさびしい海を望みと夢は青くはてなかつたと

うたふやうにゆつくりと‥‥

日なたには いつものやうに しづかな影が
こまかい模様を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
花びらと 枝と 梢と――何もかも……
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた

私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向うの また
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする青を
ながされて行く浮雲を 煙を……

古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を

ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた……風と 影とを……

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作者と作品について

  • 作者

立原 道造(たちはら みちぞう)
1914年(大正3年)~1939年(昭和14年)
東京生まれ

  • 作品

「燕の歌」「うたふやうにゆつくりと‥‥」は、詩集『優しき歌Ⅰ』の冒頭に収められています。
道造は、数々の美しいソネットを生み出し、建築家としての才能にも恵まれていましたが、24歳で夭折しています。
(詩集『優しき歌Ⅰ』、そして「優しき歌Ⅱ」も、彼が亡くなった後に、複数人によって編集されたものです)

彼は一体、何を待ち望んでいたのでしょう。
この二つのソネットを読んでいると、そんな想いがわいてきます。

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